NATとは?IPアドレス変換の重要性について紹介

大手電機メーカー系のSierに入社後、インフラエンジニアとしてLinuxサーバーの構築や保守・運用、ソフトウェアの開発業務を経験。アイティベル入社後は、IT領域の執筆などを行う。


近年、企業や公共機関におけるネットワーク運用の効率化とセキュリティの強化は、ますます重要な課題となっています。NATはその解決策として欠かせない技術です。

本記事ではNAT(Network Address Translation)の基本原理から具体的な設定方法、実際の運用シナリオ、トラブルシューティングを包括的に解説します。特に、IPアドレスの枯渇問題に対する対応策や、セキュリティ向上におけるNATの役割についても焦点を当てていきます。

企業のIT担当者をはじめ、ネットワークに関わる方はぜひ参考にしてください。

目次

1. NATの基本

NAT(ネットワークアドレス変換)は、IPアドレスの効率的な利用とセキュリティの強化を実現するために、さまざまな役割を果たします。本章ではNATの基本的な概念、重要性、具体的な機能を詳しく解説します。

NATとは? 

NATとは「Network Address Translation」の頭文字であり、ネットワーク内のプライベートIPアドレスをグローバルIPアドレスに変換する技術です。この技術により、複数のデバイスが一つまたは少数のグローバルIPアドレスを共有してインターネットにアクセスできます。

まず、IPアドレスには大きく分けて2つの種類があります。1つはプライベートIPアドレス、もう1つはグローバルIPアドレスです。プライベートIPアドレスは、内部のプライベートネットワーク内でのみ使用され、インターネット上では認識されません。同じプライベートIPアドレスが異なるネットワークで重複使用されるときもあります。一方、グローバルIPアドレスはインターネット上で他のアドレスと重複しない一意のアドレスであり、特定のデバイスやサーバーにアクセスするために必要不可欠です。

内部ネットワークからインターネットにアクセスする際は、NATによりプライベートIPアドレスをインターネット上で有効なグローバルIPアドレスに変換します。

また、NATは主にルーターによって実行され、送信されるパケットのIPヘッダーを書き換えて、動作します。この書き換えにより、インターネット上のサーバーは、NATを行っているルーターのグローバルIPアドレスからのアクセスとして通信を認識します。これにより、内部ネットワークをインターネットに公開せずに外部との通信を実現できるため、セキュリティを強化できます。

NATの役割

NATは、ネットワークの効率化とセキュリティ向上において重要な役割を果たします。以下に、NATの主な役割について詳しく解説します。

IPアドレスの効率的利用

NATを導入すると、内部ネットワーク内の全ての機器に個別のグローバルIPアドレスを割り当てる必要がなくなります。これにより、IPアドレスの枯渇問題を回避でき、企業や組織はIPアドレスを適切に管理しつつ、ネットワーク運用コストを抑えられます。

インターネットが普及し始めたころ、IPv4という32ビットのアドレス体系が採用され、約43億のIPアドレスが利用可能でした。しかし、急速な普及とデバイスの増加により、IPv4アドレスは枯渇しています。

この問題を解決するため、IPv6という新しいアドレス体系が導入されていますが、完全移行には時間がかかります。NATは限られたIPアドレスを有効活用し、枯渇問題に対処するための重要な技術です。

セキュリティ強化

NATは内部ネットワークを外部から隠し、内部デバイスのIPアドレスを直接公開しないで、不正アクセスや攻撃から保護します。

外部からの通信は、NATルーターが管理するグローバルIPアドレスを介して内部デバイスに転送されます。この仕組みにより、外部の攻撃者が内部デバイスに直接アクセスできないようにします。

さらに、NATは内部ネットワークと外部ネットワーク間の通信を制御するファイアウォールと組み合わせて、セキュリティを一層強化し、ネットワークの安全を確保します。

ファイアウォールについて詳しくは以下の記事をご覧ください。

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トラフィック管理

NATは内部ネットワークから外部ネットワークへのトラフィックを効率的に管理する役割も果たします。これにより、ネットワークパフォーマンスを最適化し、帯域幅を効率化できます。

具体的にはNATは内部ネットワークのデバイスが外部にアクセスする際のIPアドレス変換を行い、トラフィックフローを整理します。これにより、ネットワークの混雑を防ぎ、スムーズな通信環境を維持できます。

ファイアウォールや、データの送受信順や量を調整するQoS(Quality of Service)機能と組み合わせて、重要な業務アプリケーションへのアクセス優先や不要なトラフィックの制限も可能です。

2. NATの種類

NATには複数の種類が存在し、それぞれ異なる役割を持っています。本章では、NATの各種類がどのように機能し、ネットワーク設計にどのように組み込まれるかを詳しく解説します。

静的NAT(Static NAT)

内部ネットワークのプライベートIPアドレスを、外部のグローバルIPアドレスに1対1で固定的に割り当てる方式です。インターネット上に公開するWebサーバーやメールサーバーなど、外部からの継続的なアクセスが見込まれる場合に有効です。

動的NAT (Dynamic NAT)

内部ネットワークのプライベートIPアドレスを、外部のグローバルIPアドレスプールから動的に割り当てる方式です。内部から外部への接続要求があるたびにIPアドレスが割り当てられます。未使用のIPアドレスを効率的に活用するため、大規模ネットワークでのIPアドレス枯渇を防ぐのに役立ちます。

静的NAPT (Static NAPT)

内部ネットワークの特定のプライベートIPアドレスとポート番号の組み合わせを、外部のグローバルIPアドレスとポート番号に固定的に割り当てる方式です。この方法は、外部から特定のサービスへのアクセスを容易にするために利用されます。

動的NAPT (Dynamic NAPT)

複数のプライベートIPアドレスとポート番号を一つまたは少数のグローバルIPアドレスに割り当てる方式です。この方法は、一般的な家庭や小規模オフィスで広く使用されており、限られた数のグローバルIPアドレスを多くのデバイスで共有できます。

多数のユーザーがインターネットにアクセスする環境でも、ネットワークリソースを効率的に管理し、コストを削減できます。

3. NATの利用シナリオ

NATは、さまざまなシーンで利用されています。本章では、具体的なユースケースごとのNATの最適な活用方法を解説します。

ユースケース1:リモートワークにおけるVPN接続

リモートワークが一般的になりつつある中で、VPN(Virtual Private Network)の需要が高まっています。VPNとは、インターネットを介して安全にデータを送受信するための技術です。

VPN接続では、社内ネットワークへの安全なアクセスを可能にするためにNAT技術を活用しています。VPN接続時のNAT設定では、動的NATや動的NAPTの使用が一般的です。

動的NATは内部ネットワークから外部への接続要求があるたびにIPアドレスを動的に割り当てます。そのため、リモートワークのような接続数が変動しやすい環境でも柔軟に対応できます。

さらに、動的NAPTが複数のユーザーが同じグローバルIPアドレスを共有しながら異なるポートを使用して、セキュリティとIPアドレスの有効活用を同時に実現します。

ユースケース2:クラウド環境へのアクセス時のIPアドレス変換

企業内ネットワークからクラウド型業務ツールなどへのアクセスが増えています。この際に、NATがクラウド環境へのセキュアかつ効率的なアクセスを支えます。クラウド環境へのアクセスには、一般的には静的NATや動的NAPTが使用されます。

静的NATは、企業の特定の内部サーバーをクラウドサービスに公開する際に利用されます。特定の内部IPアドレスを固定的に外部のグローバルIPアドレスにマッピングして、クラウドからのアクセスが安定します。 

一方、動的NAPTは、社内からクラウド環境への多くの接続要求を効率的に処理し、限られたグローバルIPアドレスを共有しながら多くのデバイスへの接続を可能にします。

また、クラウド環境ではロードバランシングも重要です。NATとロードバランサーを組み合わせて、トラフィックを複数のサーバーに分散し、システムの可用性とパフォーマンスを向上させます。さらに、NATを利用して内部で使用しているプライベートIPアドレスを効率的に再利用し、グローバルIPアドレスの需要を最小限に抑えられます。

ユースケース3:IoTデバイスのネットワーク統合

昨今、さまざまなIoTデバイスが普及していますが、これらのデバイスを効率的に運用管理するためにはNATが不可欠です。IoTデバイスは大量に存在し、それぞれが独自のIPアドレスを必要とするため、NATを利用すれば、IPアドレスの枯渇を防ぎ、ネットワークの効率化を図れます。

各IoTデバイスがインターネットにアクセスする際、動的NATにより一時的にグローバルIPアドレスが割り当てられます。さらに動的NAPTを併用すると、限られた数のグローバルIPアドレスを複数のデバイスで効率良く共有できます。

加えて、IoT環境におけるセキュリティ対策としてファイアウォールの役割も重要です。適切なNAT設定とファイアウォール機能を組み合わせて、外部からの不正アクセスを防ぎ、大切なデバイスを保護できます。NAT機能とファイアウォールを連係させた多層防御で、ネットワーク全体のセキュリティを強化できます。

4. NATの基本設定

NATの設定手順はネットワーク運用に携わる者にとって必須スキルです。本章では、NATを設定する際の基本的な手順と設定方法について解説します。

設定手順

NATの設定において、まずは正しい手順の理解から始めましょう。

手順1:ルーターの選定とアクセス設定
NAT設定を始めるには、まずNAT機能を持つルーターの選定が必要です。選定時には、動的NAT、静的NAT、NAPT機能に対応しているかを確認します。ルーターの設定は通常、Webベースの管理インターフェースを通じて行います。

手順2:NAT設定のタイプを選択
NATには、静的NAT、動的NAT、NAPTなど複数のタイプがあり、利用シーンに合ったNATのタイプを選択します。

たとえば、特定のサーバーをインターネットに公開する場合は静的NATが適しています。一般的なインターネット接続は複数のプライベートIPアドレスを共有するため、NAPTが適しています。それぞれの用途に応じたNATタイプを選択してください。

手順3:IPアドレスと変換ルールの設定
選択したNATタイプに基づいて、内部IPアドレスから外部IPアドレスへの変換ルールを設定します。静的NATの場合、特定の内部IPアドレスを固定的に特定の外部IPアドレスにマッピングします。動的NATやNAPTでは、利用可能な外部IPアドレスプールから適切なアドレスが動的に割り当てられるように設定します。

手順4:ファイアウォールとの統合
NAT設定を行う際には、セキュリティ強化のためにファイアウォールとの統合も重要です。既存のファイアウォール設定を確認し、NAT変換ルールと一致させる必要があります。設定されたNAT変換ルールとファイアウォールのセキュリティ設定が矛盾しないように確認し、必要に応じて調整を行います。

手順5:設定のテストと確認
NATの設定が完了したら、内部ネットワークからインターネットへの接続テストを行い、設定が正しく機能しているかを確認します。テストは内部デバイスから外部サイトへのアクセス、外部から内部サーバーへの接続の両方を行ってください。

具体的な設定方法

次に具体的な設定方法です。今回は、ELECOM製ルーターでの設定方法を設定画面と併せて解説します。

手順1:ルーターの管理画面にアクセスする
ブラウザーを開き、アドレスバーにルーターのIPアドレス(通常は 192.168.2.1 など)を入力してEnterを押します。管理画面のログインページが表示されたら、ユーザー名とパスワードを入力します。初期設定ではユーザー名とパスワードはどちらも「admin」である場合が一般的ですが、ルーターのマニュアルを確認してください。

手順2:「詳細設定」メニューを開く
ログイン後、メイン画面から「詳細設定」メニューを探して、クリックします。

手順3:「NAT設定」または「ポートフォワーディング」メニューを選択
詳細設定メニュー内で「NAT設定」または「ポートフォワーディング」オプションを選択します。「ポートフォワーディング」は、特定のポートを特定の内部IPアドレスに転送する設定です。

手順4:ポートフォワーディングのルールを追加する
「新規追加」や「ルール追加」などのボタンをクリックします。次に、以下の情報を入力します。

  • コメント(サービス名):任意の名前を付けます(例:Webサーバー)。
  • タイプ(プロトコル):TCP、UDP、または両方を選択します。
  • ポート:ルーターの外部(インターネット側)で使用するポート番号を入力します。
  • ローカルIPアドレス:ルールを適用する内部ネットワークのデバイスのIPアドレスを入力します。

たとえば、内部ネットワークのWebサーバー(内部IPアドレスが 192.168.2.100 で、ポート80を使用)の場合、外部ポート80、内部IPアドレス 192.168.2.100、内部ポート80と設定します。

手順5:設定を保存して適用する
全ての情報を入力したら「保存」または「適用」ボタンをクリックします。
設定が保存され、ルーターが再起動する場合がありますので、しばらく待ちます。

手順6:設定の確認
設定が正しく適用されているかを外部ネットワークから対象の内部IPアドレスにアクセスして確認します。必要に応じてファイアウォールの設定も確認し、ポートがブロックされていないかを確認します。

5. NATのトラブルシューティング

NATの運用では、ときに予期しないトラブルが発生するおそれがあります。以下に、NAT運用時によく遭遇するトラブルの具体例と対処方法を解説します。

ポートフォワーディングの不具合

ポートフォワーディングとは、特定のポートを通じて特定の内部デバイスにトラフィックをルーティングするためのNAT機能です。これが適切に設定されていない場合、必要なサービスやアプリケーションが外部からアクセスできないトラブルが発生します。

対処法

ルーターやファイアウォールのポートフォワーディング設定を確認し、必要なポートが正しくフォワーディングされているかを検証します。設定ミスが原因の場合、正しいポート番号とIPアドレスを指定して再設定しましょう。設定後は通信が正常に機能するかテストし、さらなる問題がないかを確認してください。

ループバックの失敗

ループバックは、ネットワークデバイスが自身に対して通信を行うことを指します。一般的には、192.168.0.1というIPアドレスを使ってデバイスの動作確認やネットワーク設定のテストを行う際に利用されます。

ループバックの失敗は、同じネットワーク内のデバイスが外部IPアドレスを通じてほかの内部デバイスにアクセスしようとする際に発生します。たとえば、社内サーバーに外部IPアドレスでアクセスしたときに、NATが適切にループバックを処理できず通信が失敗する場合などです。

対処法

ルーターがNATループバック機能をサポートしているか確認し、必要に応じて有効にします。NATループバック機能とは内部ネットワーク内のデバイスが、外部IPアドレスを使用してほかの内部デバイスにアクセスできるようにする機能です。

多くのホームルーターではデフォルトで無効になっているため、設定メニューから手動で有効化しましょう。サポートされていない場合は、内部デバイス間での通信に内部IPアドレスを使用するようにネットワークポリシーを調整します。

6.まとめ

本記事では、NATの基本原理、種類、具体的な設定手順、実用的なユースケース、そしてトラブルシューティング方法について詳しく解説しました。NATは、ネットワークの効率的な運用とセキュリティの強化において欠かせない技術です。

企業では、IPアドレスの枯渇問題やセキュリティの向上が重要な課題です。NATを理解し適切に活用すれば、これらの課題に対処し、ネットワークのパフォーマンスと安全性を向上させられます。

NATの設定手順や運用時によく起こる問題と解決方法も参考にしていただき、ぜひ実務に生かしてください。

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